(43)日本人のこころ

宮崎1926年12月19日
マルキシオ・カルロ(Marchisio Carlo)神学生へ

親愛なるカルロ君

心からありがとう。でも、君が言う私への恩返しは、よしなさい。それは、君の良い心からくる言葉だよ。互いのために祈り、兄弟のように愛せば、全部済んだことになる。私だって、君とお母さんに対してどれほど恩返しをしなければならないか。もうこのことを言わないことにして、主において働き、恐れずに進むことにしよう。

私のために祈りなさい。私にとって唯一必要なことは、聖人になることだ。これがなければ、宣教地では大したことはできず、日本では何もできないのだ。君たちは、この地特有の難しさは理解できないだろう。日本全体のことなので、簡単に説明できない。

1962-12#4日本の国民は、教養があり、考えられないほど伝統に執着している。裕福の中に生き、ほほ笑みながら、お礼しながらも、外国人を容易に受け入れない。だが、外国人が役立ち、なしにはいられないから忍ぶことにしている。(……) 組織面では、真似できないほど進んでいる。天皇陛下を崇拝し、今はご病気だから、演劇、娯楽、映画など全部中止している。お亡くなりになれば、商売も完全に停止する。私たちには考えられないことだが、これらは、一番目立つことである。

私が聖人になり、日本語をよく覚えられるように祈ってください。日本の切手、またお母さんへの手紙を同封する。そうすれば、君はお母さんに手紙を書くことになるだろう。一人ひとりによろしく。君を心から祝福する。

V.チマッティ神父