尊者チマッティ神父の自制力



チマッティ神父




 教皇フランシスコ2018年に「喜びに喜べ」と言う「聖性について」の回勅をお出しになりました。第4章に「現代の聖性の五つの特徴」を取り扱い、 その一番目として「逆境を耐え忍ぶ力」と指摘されました。さて、チマッティ神父はこの点で同だったのでしょうか。


  仕事をする力と強い意志力


 チマッティ神父は1926年に宣教師として日本に来られ、当時の宣教師たちの習慣に従って、髭をはやし、ずっと黒くて長いスータンを身につけて 「長髭の神父」と呼ばれるようになりました。実は彼は背丈がさほど高くはなかったのですが、とても元気なお方でありました。「強健な身体に健全な精神」とは彼にぴったりでした。 朝は早起きで、3時であっても、目が覚めると起きる神父でありました。若い時に、教授の資格を取得してから、学校で生徒と生活しながら、一週間に24、25時間も教えて平気でした。 日本で、特に音楽を作曲して宣教活動に力を注ぎ、当時の全国を回りながら2千以上のコンサートを披露しました。言いたいのは、チマッティ神父は祈りだけでなく、 仕事をする力と強い意志力のある神父でありました。
 彼の生活には恐れ、妨げ、試し、迫害もありました。その一つは、彼のイタリア語は素晴らしいものであったのに、日本語を思うようによく話せませんでした。それから、 日本についてから、彼の意に反して、25年間も長上の責任、教区長・管区長・院長の責任を負わされました。


  やさしさを特徴として


 長上として、やさしさを特徴とし、その結果不平を言う人もいました。「チマッティ神父はやさし過ぎる」、「チマッティ神父は命令することを知りません」、 「チマッティ神父は人が間違った時にすぐ注意を与えることができません」など。実はチマッティ神父は謙虚で、自分に長上の資格がないと認めながら、 自分のやり方と適当な時に言うべきことをちゃんと伝えていました。
 私には、チマッティ神父のやり方の思い出が一つあります。神学生時代に、毎日、午後2時からオルガンの練習を当時の聖堂の後ろでするようになりました。 ところが、同じ時間にチマッティ神父は聖堂の前の方でロザリオを唱えていました。私はチマッティ神父の祈りを気にせず、オルガンの音を大きくするために オルガンのすべてのストップ(10のストップ)を入れていました。彼は2週間も何も言わず、ロザリオを唱え続けました。 3週目の始めにロザリオを唱える前に、チマッティ神父は聖堂の前からゆっくり後ろの方に静かにいらして、オルガンに近づき、 10のストップを二つに減らし「この二つのストップを入れて引きなさい」と言って、いつもの通りにロザリオを前の方で唱えました。
 チマッティ神父の注意の仕方はこれです。


  強さは祈りの実り


 第2次大戦の間は生活の必要品も事欠いていて、皆に犠牲的精神を求めていました。その間は外国人として変な目で見られていましたが、 穏やかな気持ちを見せていました。責任者の地位を日本人に譲ったときには喜びと尊敬を表していました。資料館にある彼の話の中で、「逆境を耐え忍ぶ」、「犠牲的精神を培う」 ことについての話もあります。そのためにお祈りとイエス・キリストのことばを考える必要があると言っていました。 「あなたたちはこの世で多くの苦難に会うでしょう。しかし私がこの世の悪に打ち勝ったことを思い出しなさい。神に対する信頼を持ち続けなさい」。
 チマッティ神父の強さは祈りの実りでした。「主は私の力、私の歌」。

                                                    チマッティ資料館  マルシリオ神父
                                                     2020年9月1日



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