調査経過


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聖人の思い出は、必ず、人びとの心の中に生き残る。「日本のドン・ボスコ」と言われたチマッティ神父の思い出もそうである。そのため、師の死後、とくにイタリアや日本は、その列福・列聖調査を始めるべきだという要請が強くなってきた。
1967年10月4日、調布サレジオ神学院の新聖堂が完成したとき、チマッティ神父のご遺体は、棺を開けないままで、府中カトリック墓地からその地下聖堂に移された。

資料集め
列福調査には、まず、資料を集め、そして、付き合った生き証人の証言が必要となる。チマッティ神父の場合、広く活動したので、日本とイタリアでその情報を収集する必要があった。この任務をはたしたのは、師の最後の3年間、サレジオ神学院の院長だったA.クレヴァコーレ神父であった。氏は、神に召された1995年12月28日まで列福運動の担当者を務めた。

950の作曲と5700通の手紙
 仕事を手がけたら、集まってきた資料の膨大な数に驚かされた。チマッティ神父の著作、本と記事、方々から出てきた作曲、人びとがよせてきた手紙、師が収集し整理した化石、鉱石、貝類、植物の標本の数々は、師の活動と趣味の広さを物語ってきた。
 ただいま、資料館には950ほどの作曲が集められている。その中に、オペレッタは49、ミサ曲は19、聖体讃美式のためのTantum ergoは83、マリアさまの歌は約200、日本語の作曲約400などの類である。これらの曲を分類し、整理したのは、同じファエンツァ出身の音楽家Ino Savini氏、そして、教え子のRoberto Bosco氏であった。
 手紙の数は5700通を越している。ほとんどイタリア語である。日本語のものは原則としてローマ字であるが、戦時中、監視の厳しい時、カタカナで書いたものもある。
今も、新しい手紙がよせられることがある。これほどたくさんが保存されたのは、受けとった人びとがチマッティ神父を尊敬していたことの証拠である。師の心とその霊性を知るために、これらの手紙は類のない貴重な文献となる。ただいま、日本に関係あるものの翻訳が始まっている。

証言の収集
 生き証人の証言は、列福調査に欠かせない。なかには、自発的な証言が多く、東京やトリノの司教から任命された調査委員会の前で行われた公式証言もある。これらを通して、チマッティ神父について知られていなかったエピソードや、生き方の細かいところまで知ることができる。死後10数年以内に得られた証言であるから、その信ぴょう性は高いといえる。

調査終了
 東京教区の調査が正式に始まったのは1976年11月26日。終了したのは1978年1月24日であった。この日、調布サレジオ神学院の聖堂で白柳誠一大司教と調査委員をはじめ、多数の聖職者、サレジオ会員、シスター方が参列し、まとめられた資料50巻がローマの調査委員会に送られた。 
トリノ教区での調査が終了したのは1978年6月3日であった。
その後、教皇から任命された調査委員会の判断を待つことになった。

ご遺体は腐敗していなかった
 教会法の規定により、調査修了の前、司教、調査委員、医師団の立会いの元で、ご遺体を検案することになっている。チマッティ神父の場合、1977年11月18日、調布サレジオ神学院地下聖堂で棺を開け、検案を実施した。列席者はみな驚いた。二人の医師の記録はこう記している。
「遺体はミイラ状態に非ず、死蝋状態に非ず、白骨化せず、全身にやや湿潤す。死臭は存せず、ただし、特別の匂あり。皮膚は弾力性あり、…軟部組織は柔軟にして弾力性あり、…緒関節は他動的にほどんど正常範囲まで運動可能なり…。以上の所見を総合して、死後12年を経過したる死体としては、われわれ二人の医学常識によっては説明する事は不可能なものである事を認めたい。」 遺体は新しい服を着せられ、新しい石棺に安置された。

資料館建設
 1983年9月2日、チマッティ神父の遺徳をたたえ、その資料を保存し、研究するため、サレジオ神学院敷地内に「チマッティ資料館」(リンク)が完成された。その実現は、列福調査を担当したA.クレワコーレ神父の尽力による。2階建ての建物の玄関に、故郷ファエンツァ市贈呈のBiancini作チマッティ神父胸像が立ち、窓にはG.Gaeta作の師の姿やドン・ボスコとの出会いを描くステンドガラスが飾られている。

「尊者」チマッティ神父
 1991年12月21日、ローマで行われた列福調査の結論を受けて、ヨハネ・パウロ2世教皇はチマッティ神父に「尊者」の称号を与えた。これは、聖人になる資格がある、つまり、合格したという意味である。調査委員会のメンバーはこう証言した。「チマッティ神父には、20世紀の一つの一番素晴らしい聖徳の姿を見ることができる」と。
 今、チマッティ神父が福者となるため、その取次ぎによる一つの奇跡が待たれている。私たちは、そのために祈りをささげているのである。


白柳誠一枢機卿のお話

 チマッティ神父様は、本当にドン・ボスコの精神を持ち続けた人だと思います。ですから、その活動において非常に活発であり、すごい判断力に富んでいた。しかし、その基礎には本当に祈る人であった。彼の祈る姿は多くの人に感銘を与えました。私もその姿に接したことがあります。
 現代社会は、聖なる人を求めています。特に教会はそうです。教会は言葉だけでなく、生き方を通して、神の愛を証することが必要です。そういう意味でチマッティ神父様は本当に聖徳高かった。ですから、一日も早く列福されることを心から期待しています。
 そのためには、皆様方がチマッティ神父様のお取り次ぎを願って特別なお恵みを頂いたとか、奇跡的なことがあったとかで、そういうことがあったならば、それをぜひ関係者に報告して、それがまたチマッティ神父様の列福を早めることになると思います。
 (ビデオ「音楽・自然・日本を愛した チマッティ神父」より)