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【03】戦時中のチマッティ神父 (2)
1946年〜1949年

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2008-06-05
No 分類 和暦 西暦 期間  
461 2 昭和21年 1946 1 1   門司の海軍病院でコンサート
462 2 昭和21年 1946 1 2   大分でコンサート
463 0 昭和21年 1946 1 9   東京へ
464 0 昭和21年 1946 1 16   また九州へ
465 1 昭和21年 1946 1 20   サレジオ会、宮崎教会に戻る。福岡教区の深堀司教が訪問する
466 0 昭和21年 1946 2 21   東京に戻る
467 0 昭和21年 1946 2 28   宮崎へ向かう。宮崎教会に住むようになる
468 1 昭和21年 1946 3 25   元小神学校の敷地に宮崎日向学院が認可される
469 1 昭和21年 1946 3 30   中津教会の敷地に養護施設「中津ドン・ボスコ学園」の落成式
470 1 昭和21年 1946 4 6   東京の成増でTassinari神父は戦災孤児のための事業を開始
471 1 昭和21年 1946 4 25   日向学院の落成式。チマッティ神父、1949年まで初代校長となる.
472 0 昭和21年 1946 5 9   東京に着く。成増でタシナリ神父が始めた戦災孤児の事業を訪問
473 0 昭和21年 1946 5 9 〜5.14 教区長会議に参加する
474 0 昭和21年 1946 5 23   日向学院に戻る
475 7 昭和21年 1946 6 8   サレジアン・シスターズは北区赤羽台の土地を買う
476 1 昭和21年 1946 8 4   再建の大分教会と司祭館の落成式
477 2 昭和21年 1946 8 4   落成式におけるコンサートには江藤俊哉が参加
478 0 昭和21年 1946 9 28   日向学院に住むようになる
479 0 昭和21年 1946 10 12 〜10.15 久留米や別府で4つのコンサート
480 1 昭和21年 1946 11 15   中津ドン・ボスコ学園で火災。児童3名焼死
481 1 昭和21年 1946 11 23   延岡の司祭館と幼稚園の落成式
482 2 昭和21年 1946 11 25   福岡でコンサート。田中幸太郎も出席
483 1 昭和21年 1946 11 28   ドン・ボスコ学園は大貞公園の新しい場所に移転
484 1 昭和21年 1946 12 8   再建された都城教会や司祭館の落成式が行なわれる
485 5 昭和21年 1946 12 21   Pisarski, Moskwa, Castiglioni, Del Col, Dell’Angela叙階される
486 2 昭和21年 1946       この一年、神学生用“MANUALE ELEMETARE DI MEDICINA”を著す
487              
488 1 昭和22年 1947 1     サレジオ会の志願院は宮崎の日向学院に戻る
489 4 昭和22年 1947 1     練馬に修練院が再開される。Dalkmann神父が修練長
490 1 昭和22年 1947 2 27   管区会議でRomani神父が総会への管区代表者に選ばれる
491 0 昭和22年 1947 3 10 〜3.31 九州の支部を訪問する
492 0 昭和22年 1947 4 19   総会参加のため、アメリカ周りでロマーニ神父と共にイタリアへ。ハワイ、サンフランシスコ、ニューヨーク経由、ジェノヴァへ
493 1 昭和22年 1947 5 27   東京サレジオ学園、成増から小平に移る
494 0 昭和22年 1947 8 15 〜8.22 総会前の黙想会の説教を依頼される。総会へ参加し、最高評議員に選ばれそうになる。その後250回ほど講演し、日本を宣伝し、宣教師の家庭を訪問する
495 0 昭和22年 1947 12 8   トリノのオラトリオSan Luigi創立100周年に参加
496 0 昭和22年 1947 12 11   宣教地担当者Fumazoni Biondi枢機卿を訪問
497 0 昭和22年 1947 12 12   教皇ピオ12世の謁見
498 1 昭和22年 1947 12 12   目黒区の碑文谷の土地が購入される
499 2 昭和22年 1947       この一年、SPLENDI SUL LIETO COLLE 父の家,オペレッタLA MADONNA DEL NIDO 1 幕をイタリア語で作曲
500              
501 5 昭和23年 1948 1 31   Colussi, Fortunaが叙階
502 4 昭和23年 1948 1 31   岩波倭雄、R.Smith、檜田博、前田輝夫、松雄清水、柳村勝司の初誓願
503 3 昭和23年 1948 5 8   神学生Miller, Vermeeschが来日
504 0 昭和23年 1948 5 25   アメリカ経由で日本に向かい、ニューヨーク、サンフランシスコへ
505 0 昭和23年 1948 6 21   サンフランシスコ出向
506 0 昭和23年 1948 7 5   東京到着
507 3 昭和23年 1948 7 5   東京到着とともに修道士F.Baggio, C.Mazzarelloが共に来日
508 1 昭和23年 1948 7 6   横浜教区長脇田司教が、山梨県にサレジオ会を招く
509 1 昭和23年 1948 7 16   目黒でオラトリオ始まる。ダル・フィオル神父が担当者
510 1 昭和23年 1948 7 16   リヴィアベラ神父、大連から帰ってくる
511 0 昭和23年 1948 7 16   この時からGrigoletto神父よりイタリアから鉱石の標本集が届く
512 0 昭和23年 1948 8 17 〜8.25 野尻湖で黙想会を指導する
513 0 昭和23年 1948 9 13   宮崎など九州の支部を視察する
514 1 昭和23年 1948 11 14   サレジオ会、甲府教会を担当。チマッティ神父はコンサートを開催
515 1 昭和23年 1948 12 8   国分寺サレジオ学園の落成式。高松宮殿下もご参加。校歌を作曲
516 5 昭和23年 1948 12 21   恵美善吉、Acerbi, Vermeesch, Secchi, Petracco叙階される
517              
518 0 昭和24年 1949 1 3   教え子Ziggiotti神父に音楽の原稿を送り「離脱を始める」と書く
519 3 昭和24年 1949 1 16   司祭M.Delforge, St.Foltinが来日
520 0 昭和24年 1949 2 1   支部の視察のため九州へ出発
521 0 昭和24年 1949 2 24   日向学院校長を退き、卒業式の最後の挨拶をする
522 0 昭和24年 1949 2 28   東京へ戻る
523 7 昭和24年 1949 4     宮崎カリタス修道女会、ローマ布教聖省より認可される
524 2 昭和24年 1949 5 7 〜5.14 大阪を訪問、コンサート開催
525 2 昭和24年 1949 5 30   聖フランシスコ・ザビエル来日400周年のため大分と別府へ。その400周年記念のため4曲を作る
526 0 昭和24年 1949 6 5 〜6.6 大阪での祝い。音楽を担当する
527 1 昭和24年 1949 6 5   大阪星光学院中・高等学校の起工式
528 1 昭和24年 1949 6 15   九州を訪問し、高鍋の新聖堂の落成式
529 4 昭和24年 1949 8 16   岩崎俊夫、都成日出人、赤波江文雄の初誓願
530 8 昭和24年 1949 9 24   司教会議で扶助者聖母リア祝日のための請願が却下される
531 1 昭和24年 1949 10 4 〜11.23 本部のBellido神父が視察のため来日
532 1 昭和24年 1949 10 4   シベリアで5年捕虜生活を過ごした山口哲郎神学生が戻る
533 0 昭和24年 1949 11 1   チマッティ神父、管区長任期終了。後任はタシナリ神父
534 8 昭和24年 1949 11 1   Marella大司教がオーストラリアへ転任
535 8 昭和24年 1949 11 1   Maximilian de Fustemberg大司教がローマ法王庁公使後任
536 2 昭和24年 1949 11 13 〜11.16 大阪方面でコンサート
537 1 昭和24年 1949 11 24   Bellido神父が出発
538 1 昭和24年 1949 11 26   下井草教会は小教区として設立される。扶助者聖マリアに捧げられる
539 0 昭和24年 1949 11 29   タシナリ神父に管区長室を渡し、引継を行う。チマッティ神父は神学校の図書館長、聴罪司祭、教師
540 0 昭和24年 1949 12 3   管区長としての日誌を終了
541              

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