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【04】調布神学院でのチマッティ神父 (2)
1955年〜1965年

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2008-06-05
No 分類 和暦 西暦 期間  
626 6 昭和30年 1955 2 15   東京の育英高等学校の火災でRoncato神父、明鹿野修道士が犠牲に
627 1 昭和30年 1955 3 16   チマッティ神父の教え子Ziggiotti総長が来日
628 0 昭和30年 1955 3 19   チマッティ神父の叙階金祝。Ziggiotti総会長も参加する
629 1 昭和30年 1955 3 21   下井草教会の着工式
630 4 昭和30年 1955 3 25   山本克巳、溝部脩、東条一利、大槙義弘、小坂正一郎の初誓願
631 3 昭和30年 1955 4 2   神学生G.Compri が来日
632 1 昭和30年 1955 4 2   神学生Illera、亀沢経水が勉強のためにイタリアへ派遣される
633 0 昭和30年 1955 7 25 〜7.29 調布で黙想会を指導。録音されている
634 0 昭和30年 1955 8 1 〜8.17 野尻湖で過ごす。湖への道を工事し、水泳大会を審判する
635 0 昭和30年 1955 8 20   中津で黙想会に参加する
636 1 昭和30年 1955 8 20   Dalkmann神父が管区長になる
637 0 昭和30年 1955 11     イタリアのBolcaから魚などの化石が届く
638 5 昭和30年 1955 12 21   神田教会で都成日出人、山口哲郎、Fraga, Moleroが叙階される
639              
640 0 昭和31年 1956 1 25   イタリア政府から“Stella della solidarieta umana”勲章を受ける
641 2 昭和31年 1956 1 25   勲章を受けた晩、オペレッタ『LAZARIGLIO』を上演
642 7 昭和31年 1956 1 25   宮崎カリタス修道女会、韓国で事業を設立
643 1 昭和31年 1956 3 24   Tassinari神父は修練長になる
644 0 昭和31年 1956 8 1   修練長代行になる。野尻湖に行かない
645 0 昭和31年 1956 8 17   中津で黙想会を指導する
646 1 昭和31年 1956 10 21   育英の新校舎と下井草教会の落成式
647 2 昭和31年 1956 10 21   マリア様への約束を果たし、「ミサMaria Mater gratiae」を作曲
648 3 昭和31年 1956 10 23   神学生J.Sleuyterが来日
649 5 昭和31年 1956 12 21   Maqueira, Faroni, Servera, Di Prinzio, Moreno, Massa, Mc Lindenが叙階される
650 3 昭和31年 1956 12 25   修道士Socolが来日
651 2 昭和31年 1956 12 25   オペレッタ KARMA 3幕、日本語、を作曲、上演される
652              
653 3 昭和32年 1957 3 18   修道士Touxが来日する
654 0 昭和32年 1957 3 22   朝、聖堂で軽い脳血栓で倒れ、救急車で入院聖母病院で入院する。救急車の中で歌が心に浮ぶ
655 4 昭和32年 1957 3 25   丸岡秀世、伴元毅、村上康助、岩田初男、倉橋輝信、栗原金七、品川満記、高橋正春、中垣フランク純の初誓願
656 2 昭和32年 1957 4 1   回復して調布に戻り、『まことの光』という歌を作曲する
657 1 昭和32年 1957 4 15   神学生尻枝正行は勉強のためにイタリアへ派遣される
658 7 昭和32年 1957 4 15   サレジアン・シスターズ韓国の事業を始める
659 1 昭和32年 1957 4 15   修道士のための育英の志願院が始まる
660 2 昭和32年 1957 7 6   『Florilegio salesiano』− 戦死した会員の伝記をプリントする
661 0 昭和32年 1957 7 15 〜7,19 神学生と一緒に野尻湖へ
662 7 昭和32年 1957 8 5   調布でF.M.A.の修練院を開設
663 3 昭和32年 1957 11 6   司祭J.Heribanが来日
664 2 昭和32年 1957 11 6   オペレッタ “LA MADONNA DELL’ALPE” 1幕
665              
666 5 昭和33年 1958 3 9   下井草教会でCompri. Santi, Bettonvilleが叙階される
667 4 昭和33年 1958 3 25   伏木幹育、広本正雄、石井靖人、石川康介、小西正二、小沼真一、住田四郎が誓願を立てる
668 0 昭和33年 1958 4     信徒のチャペルを建設するための寄付を願いはじめる
669 1 昭和33年 1958 4 22 〜4.23 総会を準備するため調布で管区会議開催。管区代表者の推薦を断る
670 4 昭和33年 1958 5 15   Moskowa神父は修練長代行となる
671 0 昭和33年 1958 6 19 〜11.14 管区長代理となる
672 0 昭和33年 1958 7 15   イタリアからアンモナイトの化石が届く
673 0 昭和33年 1958 8 22 〜8.27 野尻湖へ行かず、中津で黙想会を指導する。多くの写真あり
674 7 昭和33年 1958 9     Sr. Pietrobelli がF.M.A.の管区長となる
675 8 昭和33年 1958 10 9   教皇ピオ12世が帰天する
676 8 昭和33年 1958 10 28   教皇ヨハネ23世即位。1963年まで
677 3 昭和33年 1958 11 15   管区長が戻る。神学生F.Hendrickxが来日
678 0 昭和33年 1958 12 16 〜12.19 診察のために入院する
679              
680 1 昭和34年 1959 2 13   Fedrigotti神父の視察
681 5 昭和34年 1959 3 8   下井草教会で鈴木恒夫、Smith, Alonso, Bellucci, Sleuyter, Blancoが叙階される
682 8 昭和34年 1959 3 13   Agagiaman枢機卿の訪問
683 0 昭和34年 1959 3 15   さらに3年調布の院長に任命される
684 4 昭和34年 1959 3 29   東木忠彦、佐々木将博、新界政造、田中次生の誓願式
685 1 昭和34年 1959 5     Vermeersch神父の問題勃発。マスコミ騒ぐが、教会は白とする
686 0 昭和34年 1959 6 24   イタリアからパームその他の化石が着く
687 1 昭和34年 1959 7 4   Simoncelli と Bellucci神父が勉強のためにイタリアへ送られる
688 0 昭和34年 1959 7 15   80歳の荘厳なミサが録音される
689 1 昭和34年 1959 7 28   信徒のためのチャペル、工事始まる
690 0 昭和34年 1959 8 4頃   野尻湖へ行く
691 7 昭和34年 1959 9 15   調布のカルメル修道院の落成式
692 1 昭和34年 1959 11 20   ドン・ボスコ社は現在の場所に移転する
693 1 昭和34年 1959 12 20   調布の信徒のためのチャペルが落成される。最後の事業となる
694              
695 5 昭和35年 1960 2 11   イタリアで亀沢経水神父が叙階される
696 5 昭和35年 1960 3 6   下井草教会で司祭緒方正二、De Pompa神父が叙階される
697 4 昭和35年 1960 3 25   森政義、甲斐明暢、永沢幸男、戸野隆夫、山田義行の初誓願
698 8 昭和35年 1960 4     ペトロ土井大司教が枢機卿になる
699 8 昭和35年 1960 4     Enrici大司教がローマ法王庁公使となる
700 1 昭和35年 1960 4     目黒サレジオ中学校校始まる
701 0 昭和35年 1960 5 12   目黒サレジオ中学校校舎の落成式を司式する
702 2 昭和35年 1960 5 27 〜5.28 東京の文京公会堂でオペラ『細川ガラシア』3幕上演に出席。国民歌劇団が出演、塚谷彰浩がオーケストレション
703 0 昭和35年 1960 6     調布ノートルダム修道院のマリア像を祝別
704 0 昭和35年 1960 7 25 〜7.29 調布で黙想会を指導する(録音テープあり)
705 0 昭和35年 1960 8     野尻湖へ行かない
706 0 昭和35年 1960 9 29   大分でGuaschino修道士の誓願60周年を祝う
707 0 昭和35年 1960 10 7   碑文谷教会の釣鐘を祝別する
708 1 昭和35年 1960 10 29   下井草教会の荘厳な献堂式
709 1 昭和35年 1960 11 10   本部のPianazzi神父の訪問
710 5 昭和35年 1960 12 20   土屋真男、石元博、小此木輝和、Koppの叙階
711              
712 1 昭和36年 1961 1     Crevacore神父は調布支部の財務に配置される
713 5 昭和36年 1961 2 11   イタリアでIlleraが叙階される
714 5 昭和36年 1961 3 8   Arceが叙階される
715 4 昭和36年 1961 3 25   深川博輝、岡道信の初誓願
716 1 昭和36年 1961 6 15頃   Cantone神父はサレジオ大学へ移転する
717 0 昭和36年 1961 7 〜8月上旬 野尻湖へ行く
718 1 昭和36年 1961 9     Dalkmann神父は管区長に再任される
719 5 昭和36年 1961 12 20   土屋茂明、緒方正二、Chiesa, Cavaliere, Hendrickxが叙階
720 8 昭和36年 1961 12 22   元宮崎知牧区が大分教区に昇格され、平山高明師は初代司教となる
721              
722 0 昭和37年 1962 1 16   麻布教会で本田孝子の娘の結婚式で祈っている写真が写される
723 0 昭和37年 1962 2     イタリアから恩人Castagna神父が寄贈した図書が届く
724 0 昭和37年 1962 3 19   サレジオ神学院院長の任期終了。後任はクレヴァコーレ神父。チマッティ神父は調布に残り、図書館の仕事や授業を受け持つ
725 4 昭和37年 1962 3 25   日比野箕之介、キム・モイセ、北西敏、パク・タデオ、田中純が誓願
726 5 昭和37年 1962 3 26   大分教区司教ペトロ平田三郎が叙階される
727 1 昭和37年 1962 4     聖ドミニコ・サヴィオ像が着く。Casalini Marianna 寄贈
728 1 昭和37年 1962 6 1   Crevacore神父、天正遣欧使節を記念に4名生徒をローマへ導く
729 0 昭和37年 1962 7 24 〜8.25 最後に野尻湖へ行く
730 8 昭和37年 1962 10 11 〜12.8 第二バチカン公会議の第1会期始まる
731 3 昭和37年 1962 11 7   神学生G.Marsiglioが来日
732 0 昭和37年 1962 11 8 〜11.15 伊藤マンショの祝いのため、最後に宮崎へ行く。別府、臼杵、中津などを訪問する
733 5 昭和37年 1962 12 21   成田光男、小阪正一郎、山本克己、宮平勇が叙階される
734              
735 0 昭和38年 1963 1 29   Coppini大使よりCommendatore della Republica勲章を受ける
736 5 昭和38年 1963 2 11   イタリアで尻枝正行が叙階される
737 4 昭和38年 1963 3 25   鈴木勝重、鈴木邦弘の初誓願
738 0 昭和38年 1963 4 4   江ノ島への遠足に参加する。写真あり
739 0 昭和38年 1963 5 24   マリア様のミサのあいだに最後にオルガンを弾く
740 0 昭和38年 1963 5 26   行列の途中で大変疲れる
741 0 昭和38年 1963 5 27   修練者へ最後の教育学の授業
742 0 昭和38年 1963 5 30   小金井市・桜町病院へ入院。主治医は森口幸雄先生
743 8 昭和38年 1963 6 3   教皇ヨハネ23世帰天
744 8 昭和38年 1963 6 21   教皇パウロ6世即位
745 0 昭和38年 1963 6 22   退院し、調布に戻って病床につく
746 0 昭和38年 1963 6 24   院長の祝いのため車椅子で食堂に運ばれる
747 0 昭和38年 1963 6 25   病者の秘跡を授けられる
748 2 昭和38年 1963 7 15   カヴォリ神父ミサ50周年のため、最後のミサ曲を作曲
749 3 昭和38年 1963 9 1   司祭A.Felicaniが来日
750 8 昭和38年 1963 9 29 〜12.4 第二バチカン公会議の第二会期
751 0 昭和38年 1963 10   健康状態が危ないといわれる
752 0 昭和38年 1963 11 8   日本政府から「勲三等瑞宝章」を病床で授けられる
753 0 昭和38年 1963 12 7   容体がよくなる
754 0 昭和38年 1963 12 8   荘厳な形でご聖体を受ける
755 5 昭和38年 1963 12 21   大槙義弘、山口百々男が叙階される
756              
757 7 昭和39年 1964       宮崎カリタス修道女会、ボリビアで事業を始める
758 5 昭和39年 1964 2 9   イタリアで溝部脩、中垣フランクが叙階される
759 0 昭和39年 1964 3 1   容体が悪くなる
760 4 昭和39年 1964 3 25   並木豊勝の初誓願
761 0 昭和39年 1964 4 4   容体がよくなる
762 1 昭和39年 1964 5 1   カヴォリ神父は叙階50周年を祝う
763 0 昭和39年 1964 5 5   院長の祝いに車椅子で最後に食堂に降りる
764 3 昭和39年 1964 5 11   神学生Stefaniが来日
765 0 昭和39年 1964 5 25   マリア様の祝いに際して聖堂でミサにあずかる
766 0 昭和39年 1964 6 19   二日ごとに、座ったままミサを許される
767 0 昭和39年 1964 7   〜9月 病室で何回もbuonanotteの話が録音される
768 8 昭和39年 1964 9 14 〜11.21 第二バチカン公会議の第三会期
769 5 昭和39年 1964 12 20   品川満記、伴元毅の叙階
770              
771 2 昭和40年 1965 1 24   東京読売ホールでオペラ『細川ガラシア』が上演される
772 4 昭和40年 1965 3 25   藤川長喜、鈴木茂の初誓願
773 0 昭和40年 1965 6 22   トリノのオラトリオSan Giuseppeのため、最後の手紙の書き取り。次第に容体が悪くなる
774 8 昭和40年 1965 9 14   第二バチカン公会議の第四会期が始まる
775 0 昭和40年 1965 10 6   チマッティ神父、朝6時15分帰天。86歳3ヶ月
776 0 昭和40年 1965 10 10   下井草教会で葬儀、府中カトリック墓地で埋葬される
777 8 昭和40年 1965 12 8   第二バチカン公会議終了
778 5 昭和40年 1965 12 21   村上康助、丸岡秀世が叙階される
779              

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