キリシタン屋敷とシドッティ神父の墓の謎

 東京には「キリシタン屋敷」という殉教者を思い起こさせる場所があり、それについて過去に多くの研究が発表されました。今は住宅地となり、記念碑以外、ほとんど何も残っていません。

 ところが、1940年、第二次世界大戦直前、まだ名残があった時、クロドヴェオ・タシナリ神父はチマッティ神父に励まされてその場所を調査し、その中で殉教者となったジョヴァンニ・シドッティという最後のキリシタン伴天連について研究しました。同師は鎖国の時に日本に潜入したが、新井白石がその尋問を担当し、その証言に基づいて『西洋紀聞』を著しました。その中にシドッティ神父が持参していたイタリアのドルチ作「親指の聖母」のスケッチも書きました。その名画は、1954年、上野の東京国立博物館で確認され、重要文化財に指定されました。

 タシナリ神父のこの調査は、「キリシタン屋敷」が住宅地になる前の最後でした。1941年、本で発表されましたが、今度は『殉教者シドッティ−新井白石とキリシタン屋敷』という題で4月中旬にドン・ボスコ社から再販されます。その中に、当時の「キリシタン屋敷」で行われた重大な発見、またそれに関する写真とスケッチが紹介され、歴史的な価値のある貴重な記録となります。とくに、シドッティ神父の墓石に関する謎が興味深いです。出版の前に、編集スタッフは現地を確認し、師の記述と比較していろいろなことが分かりました。
 では、「キリシタン屋敷」の現況は、当時とどう変わってきたのでしょうか。
  この本には、師が同年に発表した戯曲『殉教者シドッティ』も収載します。 1941年の本が当時の日本語の表現で書かれたので、今回、現代用語に訂正し、漢字や仮名遣いを現代の表記に直しました。

 1月27日に帰天したタシナリ神父は、3月9日に100歳となる目前でした。神と共に幸せでありますように!

1941年版のタシナリ神父の本 マレガ神父が描いたキリシタン屋敷の現況(1946年) ※ 右に墓石の位置  シドッティ神父の墓石の写真  シドッティ神父の持っていた親指の聖母
   
マレガ神父によるキリシタン屋敷の図 井戸を調べるタシナリ神父1940年5月31日    

平成24年3月11日
チマッティ資料館 館長 ガエタノ・コンプリ神父

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