Last Update:2012-04-24
※ 2012-04-24 タシナリ神父の追悼ミサの報告を公開しました。

タシナリ神父の追悼ミサ(報告)

タシナリ神父の追悼ミサ2012年4月21日(土)14:00、調布サレジオ神学院の聖堂で故クロドヴェオ・タシナリ神父、サレジオ会員の追悼ミサがささげれれました。

司式司祭は アルド・チプリアニ管区長、共同司式20数名ほど、150名の教え子、会員、シスターなどが参加しました。ミサの初めに、チプリアニ管区長より故人の遺言 の中から、「私は最期まで日本で人生を終えたい。宣教師になったこと、チマッティ神父と共に働くことを神に感謝いたします」という言葉が読まれました。聖書朗読後、コンプリ神父から、チマッティ神父の故人との親密な関係を示す「チマッティ神父のタシナリ神父への手紙」の一部が紹介されました。→手紙へ

タシナリ神父は、1 月27日、100歳の間際に神に召され、82年間も日本で活躍しました。別府のカトリック墓地に埋葬されました。

タシナリ著『殉教者シドッティ・新井白石と江戸キリシタン屋敷 − 研究と戯曲』という1941年の本が再出版され、ミサの終わりに参加者に配布さました。

『殉教者シドッティ・新井白石と江戸キリシタン屋敷 - 研究と戯曲 -』
182ページ、ドン・ボスコ社、900円 ISBN978-4-88626-531-9
ご注文は チマッティ資料館 またはドン・ボスコ社
本「殉教者シドッティ」

 

チマッティ神父からタシナリ神父への手紙(抜粋)

   
タシナリ・クロドヴェオ神学生へ 宮崎 1930年4月5日

私は、あなたが望むとおり、聖なるサレジオ会の宣教師になれることに協力し、心からそれを望みます。

あなたについて考えていることをいつもはっきりと申し上げています。あなたが自分の過去を思い起こすことは役立たない。これは明らかです。主は、あなたの過去をその愛の火で焼き尽くしました。なぜ思い起こすのか。大切なのは、今良く生きること。私はよく見ています。あなたは、私と同じです。傲慢で、感じやすい。以前のあなたの過ちはこの性質から生まれたのです。あなたは、その感じやすい性質を人に対する広い心に変えなさい。傲慢を、神の栄光を実現する自尊心や自分の務めを果たす名誉、善を行うためのプライドに変えなさい。

快活、勤勉、恐れない率直な心、神との一致、マリア様への愛、言われたことの実行、これらがあなたにとって成功するための秘訣です。イエス様はあなたを愛し、あなたが実行し、善意を示すことを待っておられます。

   
タシナリ・クロドヴェオ神学生へ 1932年6月10日

あなたの周りが暗く、仕事の結果が現れず、指導が足りないと思うのは、ある意味で正しい。主は、自分の経験のためにこれらの困難をお許しになります。人生には、理論と現実は常に一致しません。人間はあるべき姿ではなく、あるがままの姿で取るべきです。一人ひとり神の前に自分の行いを改善する責任を負っていますが、同時に兄弟が改善できるように協力すべきです。

誘惑を感じることは一生続くでしょうが、傾向があることと、賛成することは違います。傾向は自然です。イエス様に学びなさい。主も友人がいて、慕っていました。恐れずに主に自分を委ねなさい。自分がイエス様の愛にふさわしくないと思って引っ込むことは、傲慢です。家族や友人との一致を正しく保つために、自分の中におられるイエス様との一致を親しく感じるようにしなさい。あまりに親し過ぎると思わないでください。心の中の戦いは成長するために主が許されることです。あなたのような若者なら、皆真面目に生きるために体験することです。

   
タシナリ・クロドヴェオ神学生へ 1934年3月13日

神に不可能なことはないので、勉強に関して良心的に、心配せずにやれることをやって進みなさい。大切なのは、良い神父になること。そのために常に善意を保つようにしなさい。これで十分です。また強い目標を持ちなさい。自然に感じる誘惑は、当然です。自然現象と悪を混同しないでください。悪は、身体から来るのではなく、自由意志から来る。だから、善意を強め、保つようにしなさい。

演劇に関しては、大切なのは神の愛のためにやること。54歳のチマッティ神父はあなた以上、神のために芝居をやっています。落ち着いて、明るく、主において、主のため、主と共に仕事をしながら、聖人になるようにしなさい。

   
タシナリ・クロドヴェオ神学生へ 1935年3月27日

皆さんの状態をよく知っています。それは、あなたもチマッティ神父も望んだことではない。私はこう考えます。「自分の務めをやった以上、自分の意思によらず何か正しくないことが起これば、神のみ摂理がお許しになったことです。喜び、信仰、犠牲の精神をもって受け入れれば、私たちの功徳になります」と。

あなたはこの原理に従って行動し、人の言うことを気にせず、自分の道を歩みなさい。祈りながら勉強に打ち込み、余計なことを考えずにチマッティ神父の言うとおりにしなさい。それですべてがうまく行きます。あなたたちがチマッティ神父や長上をあまり信頼しないのは意外です。元気を出して聖人になるようにし、イエス様が自分のものにしてくださるように願いなさい。

   
タシナリ・クロドヴェオ神学生へ 1935年9月13日

あなたの重なる手紙への少々辛い答え。私が思うには、その最初の手紙はタシナリ君の手紙、第二は人間タシナリの手紙。あなたは、すべての意味で人間であることを認めるべきです。それは結構です!チマッティ神父はけっしてそのことを恐れません。あなたも恐れてはならない。聖アウグスチヌスも神に向かって「主よ、私が自分自身を知るように、またあなたを知るように!」と叫んでいました。

以前あなたたちを見ていたチマッティ神父は、今も見ています。幻だと思うな!40年も若者と一緒にいて、いつも教え子たちの心の中を見てきた。あなたと仲間の心もはっきりと見ています。安心しなさい。その心の危機を見ても、私は全然驚きません。私が願うのは、あなたが自分自身また神に対して立ち直る力を見いだすこと。その手段は二つ、祈りと謙遜。神に対しても、長上に対しても。「もう希望がない!」とあなたは言うが、これは傲慢による言葉!そして「神は高ぶる人に逆らう」と聖書に書いてある。この状態では祈れないのです。

わがクロドヴェオ、私に詫びることはない。私に失礼なことは何もなかった。心から率直に話しただけ。安心しなさい。あなたを良く知っています。私に対してどんな言葉を使ってもよい。必要なら私はもっと悪い言葉を教えよう。私がそれ以上のものに値するから。私にとってその手紙はもう価値がない。過去のことです。「流れた水は水車を回さない」と何回も教えたとおり。ただし、結果と傷跡が残っていて、建て直す必要がある。そのためにドン・ボスコは「未来は神の手にある。大切なのは現在です」と言っています。さらに必要なのは、ゆるしです!神に、また人にゆるしを願いましょう。これなしに建て直しはないからです。

皆に言いなさい。チマッティ神父は、皆さんに対して全然変わっていません。いつも同じです。むしろ、皆さんが遠いから、もっと強い絆で結ばれています。聖パウロと聖フランシスコ・サレジオと共に「泣く人と共に泣き、喜ぶ人と供に喜ぶ。皆のためにすべてになる」と。私が望むのはこれです。私による限りこのことを実行しています。皆さんは落ち着いて謙虚な気持ちで進み、人生の新しいページを書くようにしましょう。

 
   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1936年11月6日

初ミサの記念

私はイエスと同じです!

ご聖体への信心は
- キリスト信者の信心生活の中心
- 寛徳へ到るための糧
- 教育活動の土台、その環境、教育を支える力。

主よ、卑しめてくださったことは私にはよいこと。生きるのは私ではなく、キリストが私において生きておられる。神のみ心が行なわれますように。

 
   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1937年7月9日

知っている限りできる限り務めを果たし、毎日神が与えられる手段を使って聖人になるようにしなさい。しかし、自分が望むとおりではなく、神が望まれるとおりに。ああ、もし知っている限りできる限り神の導きに身を委ねれば!

罪だけを恐れなさい。否、ある意味でそれも恐れない方がよい。ただ、あらゆる方法でそれに対して戦えばよいのです。会員に伝えてください。仕事を恐れるな! それはドン・ボスコの望みです。そうしなければ中途半端なサレジオ会員になる。しかし、秩序をもって、従順に従って、力が許す限り働くのです。

   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1941年3月11日

キリシタン文庫に関して大賛成!神の栄光、人の救い、事業の発展に直接間接に役立つ活動また人であれば、手を結ぶようにしましょう。

私は命令できず、イニシアティブに弱い。良いと思うこと、君たちが勧めてくれることをできるだけ実行し、子供のように神の手に身を委ねます。哲学的な議論、私には分かりません。成功すればよい、しなければ他の道を試す、あるいはやり直す。これが一番良いと思うからではなく、他の道がない、あるいはより良い道を示してくれないからです。こうすれば、神のみ心を行えると私は思う。何が起こっても神のみ心であると信じて、「取るに足りない僕だ」と言います。

   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1944年4月5日

永く祈って、考え相談した結果、神の栄光と皆の利益のために、神父様を私たちの神学校(神学生、哲学性、志願者と担当者)の院長に任命します。

神父様のお気持ちが分かります。これによって十字架を任せることになりますが、私たちに示された神の御心により神父様は実を結び、功徳を積むことになると確信しています。恐れることはありません。物質的な面を気にしないでください。主は助けてくださるからです。あなたは霊魂のことをお考えください。

すべての根本は、会憲、会則、サレジオ会の伝統です。それをとおしてドン・ボスコは私たちの内に、私たちの間に生きるようになります。復活祭のためよりよいプレゼントにしたかったのですが、主が喜ばれるこれを受けとってください。ペトロのように「主よ、お言葉ととおり網を降ろします」と言いなさい。

   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1945年4月11日

ご質問に対して文書の返事が欲しいと言うから、これです。

  1. 野尻湖に移転することにあたって人事を変更しない方がよいと。
  2. 神父様はそのまま院長を続けてください。犠牲でしょうが、功徳になります。
  3. 移転の手続きや支部の準備を考えるのは神父様です。「院長の務めは役目を決め、実行を監督することだ」というドン・ボスコの言葉のとおり。
  4. 主が神父様と会員たちを祝福してくださいますように! 初めは落ち着くまで犠牲があるでしょう。そこは神父様の実力が証明され、何よりも神の御摂理、マリア様、ドン・ボスコの保護が示される。正しい楽観主義やサレジオ会の素朴で明るい喜びに仕事と祈りを合わせましょう。すべてにおいて神の御心が行われますように!
   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1945年6月2日

二枚の切符が手に入ったので物を送る。荷物に何が入っているか知りませんが、私は少しのニンジンを送ります。最後です。

最後の空襲により横浜の教会は「あった」ことになった。大森と川崎も同じ。「次は私たちだ」と言う人がいるが、なんという信仰か! 望んでいるかのようです。ともかく、神の手にいますから、祈ってください。

 
   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1945年6月8日

私たちのことを心配しないでください。私たちが自分の務めを果たせば、主は心身とも守ってくださる(もちろん、自分の協力も必要です)。たとえ、物質面で皆と同じようになっても、自分や全体のためにそれでよい。私たちの望むとおりになさらなくても主は父です。他に祈ってもよいが(教会もそうしますから)次のとおり祈るように勧めなさい。「主よ、御心のままに!」と。自分の望みを言わなくてもよい。しかし、もしも、いりません。「主よ、御心のままに」だけでよい。自分にとっても、皆にとってもそうだと確信しましょう。

わがクロドヴェオ!もし祈る時に信仰を持って、またイエスを通して祈れば、祈りで何でも得られます。残念ながら、祈る私たちは主に自分の小さな利益を願う(たいしたことでもないのに)そして、一番大事なことを願わないか、あるいははっきりと言わない。イエスが教えてくださったとおりに祈ればいつも安心です。「御心が行われますように!」と教えてくださったのではありませんか。具体的なこと(たとえば、日常のパン、罪の許し、悪からの救い)を願う時も、その前に「御心が行われますように!」と書いてあります。

すみませんね、こんな説教をして!でも皆に強調しなさい。これによって私たちは自分のうちにイエス様の働きの美しさを体験することになる、と。

わが兄弟たち! 神の御名により申し上げたとおりにしなさい。そうすれば、主が望まれることを実行することになります。けっして健康を害することはないでしょう。必要であれば、主は御摂理により奇跡でも行われます。宣教活動はできなくても、私たちはこの方法で多くの霊魂を救えます。いつも「御心が行われますように!」と繰り返しましょう。私たちのことを心配せずに、祈りながら、明るく、落ち着いて、キリストによって、キリストと共に、キリストのうちに自分の務めを果たし、恐れないようにしましょう。

 
   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1945年9月19日

ご存知のとおり、私の文章は分かりにくい。だから、明確に答えて欲しいとあなたも言っています。これです(言い方は違うだけですが):

皆さんが現地で食料を手に入れることができて、それによってここの在庫が節約できるということですから、10月末まで野尻湖に残ってください。

勉強をどうするかをお考えください。神父様もおっしゃるとおり、勉強は神学校の根本です。しかし、食べなければ…。皆さんが今東京に来れば、ジャガイモなどは太陽の前の雪のように消えてしまいます。待ってくれれば、数ヶ月持たせることができる。このとおり、いつ、どこで勉強を始めるかをお任せします。主において決めなさい。管区長は、皆さんの決めたことを前もって承認します。

   
タシナリ・クロドヴェオ神父へ 1963年8月22日

親愛なる神父様、思い出してくれる、祈ってくれることを感謝します。私はまだ寝込んでいて、いつまでか分かりません。毎日、会員と共に心を込めて祈りの中で思い出しています。今までのことを感謝し、毎日、祈りの中に愛徳、信仰、謙虚をもって皆さんのために祈ります。年老いたこの友のためにお祈りください。

   
あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

平成24年4月24日
チマッティ資料館 館長 ガエタノ・コンプリ神父

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