平和な日本に生きている私たちには、戦前戦中の教会や宣教師たちの困難な状況を想像するのは難しいことでしょう。実際、日本に信仰の自由が定着したのは戦後のことです。チマッティ神父の手紙を読んでみますと、それがよく分かります。特に1935年以降、軍部が政府のコントロールの下に宗教団体を置くようにし、文部次官を通してカトリック教会にもいろいろな通達が出され、教会を代表していた東京のペトロ土井辰雄大司教がそれらを各教会の責任者に通知していました。チマッティ神父が「歴史のため Per la storia」と書いてこれらの通達を保存し、現在、チマッティ資料館に保管されています。これらを読みますと、いかに教会が支配され、宣教師たちが神経を使っていたかを知ることができます。 宮崎と大分の教区長であり、第二の祖国のように日本を愛し、状況をよくつかんでいたチマッティ神父は、最悪を避け、救えるものを救うために、許される範囲内で積極的に活躍を続けました。新しい人材を育てたり、無数のコンサートを開催したりして、多くの日本的な作曲も発表しました。特に、1940年前後、日本語の最初の歌ミサ、オペラ『細川ガラシア』、歌劇『使節帰る』、歌劇『支倉六衛門』、タシナリ神父の演劇『シドッティ』のための歌曲などを発表しました。 今年10月に上演されるオペラ『細川ガラシア』は、1939年に作曲され、1940年1月24初めて日比谷公会堂で上演されました。日本の最初のオペラでした。作曲された当時の日本の状況や、主人公である細川ガラシアについてのチマッティ神父の認識を理解していただくために、師がイタリアの総長へ出した幾つかの手紙の抜粋をご紹介いたします。 |
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この手紙を直に届けてくれる人に持たせます。日本は、宣教師が初めてきた時から教会の上に黒雲がありましたが、今は一層濃くなってきています。急変が起こっても、驚くことはありません。
軍部や、キリスト教に反対する勢力は、外国人をスパイと見て、あらゆる方法で不信感を起こそうとしています。聖職者の大部分が外国人なので、「カトリックはスパイだ。日本の精神を乱すのだ」などと言い、フランシスコ・ザビエルの時代以来の古い讒言を繰り返したりしています。特に、大都会から離れた地方ではそうなっています。(……)
鹿児島の件はもうご存知です。そこにはもう宣教師はいません。キリスト信者も迫害を受けています。ネロ皇帝風のような迫害ではなく、背教者ユリアヌス皇帝風の迫害です。(……)私たちの立場も非常に危ない状態です。やりすぎも、何もしないのも危険であり、中庸の道を歩むことは難しいです。日本の憲兵のしつこさは、ご想像できないことでしょう。宣教師たちの緊張が高まり、我慢できなくなってしまう恐れがあります。
ご存知のとおり、軍部も国家も特別警察を持っています。日本は、立法権、執行権、裁判権の他に、警察権があります。(……)
私は、神様の御手に自分を委ねます。ひとりで重荷を抱えるのは辛いですが、他の人を悩まさないで、ひとりで悩んだほうがましです。皆、それぞれ十分に悩みを持っているからです。
(サレジオ会総長リカルドーネ神父へ)
驚かれるニュースですが、ご賛成でしょう。よく考えて、よく祈ったうえで、教皇使節閣下のお勧めもあって、宮崎と大分の教区長の辞職願いを聖座に提出しました。
以前も書き送ったのですが、今はとても難しい状態です。ひとつの病気です。そのため、からだ全体を救うためにそれを和らげる薬を使い、全部神様の御手に委ねるしかありません。というのは、日本人の上に外国人が立ってはならないという原則が置かれた以上、(外国からの援助も受けてはならないことになりましょう、)行き着くところは明らかです。この規則はいつ実行されるか主のみがご存知ですが、予防は私たちの義務であり、いちばん良い方法です。そういうわけで、私は良心に従って辞職を決断しました。以前から、いつかそうなるはずだと思っていたのです。(……)
微笑みながら、心が痛んでいますが、それでも、11月23日、東京の大きなホール〔九段軍人会館〕で紀元2600年のピアノ・ソナタを演奏します。その際、私たちの学校のためにチャリティコンサートを行ない、日本のいちばん有名な歌手二名〔藤原義江、三上孝子、少年の江藤俊哉も参加〕とマルジャリア神父が歌い、私は伴奏を弾きます。心に浮かんでくるのは、ドン・ボスコが事業を始めた時の状況や、“Ridi pagliaccio、道化師よ笑え” という言葉です。まあ、この世のことが神様の御手にあり、きっと、役立つことになるでしょう。すべてにおいて、いつもみ心が行われますように。
(サレジオ会総長リカルドーネ神父へ)
以上のタイトルからもお分かりでしょう。狼は毛を変えても、習性を変えません...、音楽のことです! しかも、ただのコンサートではなく、歌劇です。神に感謝! きっと、実りがあるでしょう!
ドン・ボスコが教えるように、演劇や音楽の教育的効果は否定できません。そのため、今回はこのことに挑戦し、神様のお陰で成功したと思います。誉れと栄光は神様のもの! 私たちが蒔いた種を実らせるのも神様です。
『細川ガラシア』というこの歌劇の主人公は、英雄的なカトリック信者、日本人にとって忠実な妻や精神的強さの模範です。脚本は、上智大学の学長でイエズス会員のホイヴェルス師が心をこめて書いたものです。東京の日比谷公会堂という、ひとつの一番素敵な場所で2晩にわたって上演され、大成功でした。役者は東宝劇団、歌手は国民劇場とグレゴリオ聖歌グループ、オーケストレーションはマエストロ山本直忠が指揮しました。東京婦人連盟や新聞記者の協賛を得たことも成功の一因でした。
2幕5場のこの歌劇は、高木次郎氏と冠九三氏が、ホイヴェルス師の5幕のドラマを縮小した脚本に基づきます。メロディーは、イタリア的ですが、現地の風土に合わせて、日本の独特なメロディーも取り入れました。この国でまだ生まれていないヨーロッパ風の、将来の「日本的なオペラ」の試しともいえます。日本には、古くからとても重要な独特の悲劇、情事劇、喜劇があります。残念ながら、ヨーロッパではほとんど知られていません。今、私たちのマレガ神父がそれについての貴重な翻訳に取り組んでいます。
この作曲は、オペラよりも音楽ドラマといえましょう。舞台には、役者と重要な歌手が上がり、舞台外のコーラスとオーケストラはいろいろな場面を伴奏し、強調したりします。これによって、日本の伝統的な劇に近づくようにしました。
主人公細川ガラシアの美しい歴史物語は、皆さんにとっても興味深いものでしょう。もちろん、歴史的な状況を背景に理解すべきですが、その中に、人格の強さと神様の恵みの素晴らしい働きが見られます。以下、パピノPapinotの著作とホイヴェルス師の演劇に基づいて要点をまとめてみました。
16世紀のキリスト信者の細川ガラシアは、貴族の生まれで、家庭で立派な教育を受け、当時の女性として稀に見る豊かな教養を身につけていた。勇敢な細川忠興の妻となり、幸せな家庭生活を送っていたが、父親は、続く戦乱時代の争いの中で、細川家の大恩人を暗殺し、大犯罪を犯した。主人は、「謀反人の娘は私の妻となる資格はない」と言い、厳しい監視の下で味土野の山奥に送り、忠実な家来に守らせた。若いガラシアは、不平を言わず、勇気をもって主人の命令に従った。
後に、ガラシアの家族は戦争で滅びた。その時、「消された謀反人の子孫は、殺されるのを待たずに自害した方が名誉ではないか」と言われたガラシアは、「死を恐れません。しかし、主人の命令を受けずに自害すれば、忠誠に背きます。主人の命令を待ちます。」と答えた。しかし、命令は来なかった。ガラシアは、長い2年間、追放された状態で、仕事し、詩を書き、住民のために善い行ないをしたりして過ごしてきた。
ついに、主人に呼び戻され、家庭生活が修復し、子供の教育に力を尽くしたが、主人の親友の中に高山右近という熱心なキリシタンがいて、忠興にキリスト教を説いたりしていた。キリシタンになると期待していたが、忠興は神の導きに抵抗し、信仰に入らなかった。むしろ、後に迫害者になったが、神のご計画により、思いもしなかった人の回心に貢献した。というのは、妻ガラシアの気晴らしのため、右近の話を聞かせていた。それで妻の好奇心から興味が湧き、真理を知りたいという強い決意に至った。
ついに家族が大阪に移され、戦争のために主人が出陣することになった。これが、ガラシアが信仰を勉強するための良い機会となった。ある日、厳しい監視をくぐって教会を訪れ、グレゴリオ・デ・セスペーデス神父と伝道師ヴィンチェンツォの話を聴いてきた。その心は、一層キリシタンになる望みに燃え、侍女たちの協力を得て、洗礼を受けられるように信仰の理解を深めることにした。侍女たちの17名が洗礼を受けたことにより、ガラシアを囲む人々は熱心なキリスト者の家族のようになった。
1587年7月、秀吉はキリシタン禁教令と伴天連追放命令を出した。宣教師は、熱心な求道者を放置しないで、マリアという細川家の侍女の一人に洗礼の授け方を教え、自宅で洗礼を授けさせた。洗礼名は「ガラシア、神の恵み」となった。
神の恵みの道具となったマリアは、剃髪し、世間から離脱し、永久に神に身を捧げた。仲間たちも、信仰のための闘いを予測し、神への忠実を誓った。
戻って来た主人は、妻の回心を聞いて憤慨し、本人と侍女たちに信仰を捨てるように命じたが、離婚をせずにその抵抗に打ち勝つあらゆる方法を試した。しかし、すべては無駄だった。ガラシアと侍女たちは殉教を覚悟し、勝利の日のため豪華な服を準備し始めた。
忠興は戦況により大阪を離れることになった。その時、攻めてきた敵が細川家の者を人質にしようとしたので、ガラシアは家族全員を逃がした。忠興は、忠実な家来を通して彼女に短刀を送り、自害するか、殺されるかを選ぶように命じた。ガラシアは、「あなたは私の信念をご存知です。死は恐れませんが、キリスト信者だから自害はできません。言われたとおりにしなさい。ただ、少しの時間をお願いします」と答えた。残りの侍女数名を逃がし、忠実なマリアに子供たちを任せた後、跪いて、家族のために主に身を捧げ、イエスとマリアのみ名を唱えながら家来に首を切られた。そして、城に火が放たれ、武士道に従って忠実な侍たちは自害した。
翌日、キリシタンたちはガラシアの遺骨を教会に運び、ネッキGnecchi神父は荘厳な葬儀を行った。
以上のあらすじに基づいた私の作曲の2幕5場の音楽ドラマ『細川ガラシア』は、1月24日・25日、東京で上演されました。皆、音楽が気に入ったようですが...、自分を誉めるわけにはいきません! これで終わりです。
(サレジオ会総長リカルドーネ神父へ)
オペラ『細川ガラシア』は、5月に3回にわたって大阪の最大のホール「朝日会館」で上演されます。今回、幾つかの新しい歌を加えました。ソロの二人はやや上手です。コーラスとオーケストラは東京よりも上手でしょう。役者は、日本最高の劇団、東京の歌舞伎座なので、最高級といえます。
(教え子グリゴレットGrigoletto神父へ)
いつもの理由で詳しく書かずに、世界や日本の現況に照らし合わせてニュースをお送りします。教皇使節も司教会議もよくご存じの内容ですが、日本は最近、自分の精神に合わせながらも、ドイツのナチスの考え方とやり方を取り入れています。(これは、何を意味するかよくお分かりでしょう。)今、特に外国人に対してそれを徹底しようとしています。お分かりのとおり、予測できない出来事が起こるかもしれません。教会のためなら、私たちは喜んで二番や三番の役目に下がります。(……)これ以上要求されるかは、神様のみがご存知です。
(サレジオ会総長リカルドーネ神父へ)