1945年の宮崎での一つのミサの雰囲気 |
![]() 宮崎教会で深堀仙右衛ドミニコ司教 |
もし転勤にならなかったら、カトリックになったと思います
アメリカ軍の進駐が開始し出だしたころ、プロテスタントであった宮崎の軍政部長は事務の関係などで、
たびたびチマッティ神父に接するようになり、ひじょうな感銘を受け、その人格に魅了され、
二人のあいだには、早くも相互の尊敬と暖かい友情とが生まれた。 復興を目指して東奔西走!
宮崎知牧区では、チマッティ神父は事実上、教区の直接の責任者であった時代と、ほとんど同じような存在であった。
深堀司教には、そのエネルギーを消耗させる福岡教区があったので、主な行事以外は彼に委せていた。
それは無理もないことであった。 チマッティ資料館 |