尊者チマッティ神父は「義人」であったでしょうか |
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福音書では「義人」と言われる何人かの人がいます。たとえばマリアの夫ヨセフ、聖母マリアの親戚であったエリザベトとその夫ゼカリアなどです。 神を愛し、人を大事にし、これに徹するほかに何も求めませんでした
チマッティ神父は生涯ずっと、神を愛し、人を大事にし、これに徹するほかに何も求めていませんでした。
どこで働くとしても、まず神に家を建て、その家の尊厳を重んじていました。
教会の典礼暦年に従って行われる儀式の美化に、多くのメロディー豊かな自分の作曲をもってずっと貢献しました。
さらに、毎日、司祭として、教会の規定に従って司祭の祈りを怠ることなく、できる限り聖堂で跪きながら唱えていました。
毎年、数回にわたって、黙想会の指導を引き受けていたにもかかわらず、自分の黙想会にあずかる務めから免除してもらうことはありませんでした。
自分は不適任者だと思っていたのですが、教会と社会で地位ある身分の人に対して、いかなる時にも、誠実で心からの尊敬と愛情を示していました。
彼にとって、司教のことばは真に神の言葉かのようでした。
彼に対して不満を抱いた者はいませんでした
そして修道者としてずっと共同生活を送ったチマッティ神父は人に対していつも正しい態度を取ったのでしょうか。 恩人に対する彼の配慮は大いなるものでした
チマッティ神父は日本で過ごした40年間、貧しい時代であったので、恩人の寄付で生活をしました。 |